3月27日(日)医師会学術講演会に参加

3月23日(日)医師会学術講演会に参加

@ 『大動脈弁膜症の臨床』経皮的大動脈弁留置術について。
A 『兵庫県の喘息死ゼロに向けて』2009年度2139名の死亡者。兵庫県では2名/10万人・年これを半減させるのが目標。ステロイド吸入薬が主な治療法。
B 『ウイルス性慢性肝炎の最新治療』
C 『メモリークリニックにおける認知症診療の実際』アルツハイマー型認知症ではアセチルコリンが減少している(コリン仮説)、新薬が出てきている(レミニール、Rivastigmin;Achエステラーゼ阻害剤、Memantineメマリー;NMDA-R阻害剤、グルタミン酸仮説)
D 『甲状腺・副甲状腺疾患の臨床』無痛性甲状腺炎;基礎に慢性甲状腺炎があること多い。エコー上、甲状腺は低エコーを示し、シンチでは99mTcのuptake 低下(0.2%)。原則としてβ-blockerでTx。機序;甲状腺の自己免疫、濾胞細胞が一次的に破壊される。妊娠、steroid中止で誘発。甲状腺機能低下症;橋本病、TgAb感度97%, 特異度94%, TPOAb感度75%,特異度94%,マイクロゾーム感度67%, 特異度97%, サイロイド感度44%, 特異度97%。甲状腺低エコー、rough, びまん性swelling。

東北地方太平洋沖地震に対するお見舞い

去る3月11日に発生した東北関東大震災で被災した皆様に心よりお見舞い申し上げます。日々の報道での阪神淡路大震災以上の惨状に心が痛みます。亡くなられた方々に心よりお悔やみ申し上げます。被災した地域の一刻も早い復興を衷心より祈念致しております。

哲学思想についての考察4

ジョン・ロールズ
ジョン・ロールズ(John Rawls、1921年2月21日〜2002年11月24日);20世紀アメリカを代表する哲学者、道徳哲学者。
1971年に刊行した『正義論』(A Theory Of Justice)は大きな反響を呼ぶ。当書は、アイザイア・バーリンらが「政治理論は未だ存在するのか?」(1962年)と吐露するほどに停滞しきっていた当時の政治学業界を再興させるのに大きく貢献した。そのために、英語圏における正義論以降の政治哲学(規範政治理論、normative political theory)業界は「ロールズ・インダストリー」(Rawlian industry)などとしばし呼ばれる。正義論は経済学にも大きな影響を与えており、厚生経済学において*ロールズ基準と冠した概念を生み出した。
*ロールズ基準;ロールズの格差原理においては、社会において自分自身がいかなる境遇におかれることになるか知られないという無知のヴェールが仮定されたとき、社会で最も不遇な人々の厚生が極大化されるという原理が成立するとされる。

来歴;1921年、メリーランド州ボルチモアに生まれた。1939年プリンストン大学入学。卒業後、米国陸軍に入隊。第二次世界大戦中は歩兵としてニューギニア、フィリピンを転戦、降伏後の日本を占領軍の一員として訪れて、広島の原爆投下の惨状を目の当たりにする。1946年陸軍を除隊する。その後プリンストン大学哲学科博士課程に進学(道徳哲学)。1949年ブラウン大学卒のマーガレット・フォックスと結婚する。ロールズとマーガレットは本の索引を作成という共通の趣味をもっており、一緒に最初の休日はニーチェに関する書籍の索引を作成して過ごした。ロールズはこの時、自身の後の著作である『正義論』の索引も作成している。1952年オックスフォード大学へ留学、当時オックスフォードにいたアイザイア・バーリンの影響を受ける。フェローシップ終了後米国に帰国、1964年よりハーバード大学教授となる。以後、40年近く同学に勤める。1995年に発作を起こし歩行障害を患うも、最後の著作となるThe Law of Peoplesを完成させて2002年に他界した。

『正義論』; 『正義論』(A Theory of Justice,1971年刊)は、人間が守るべき「正義」の根拠を探り、その正当性を論じたロールズの主著の一つ。この著で彼が展開した「正義」観念は、倫理学や政治哲学といった学問領域を越えて同時代の人々にきわめて広く大きな影響を与えることになった。それまで功利主義以外に有力な理論的根拠を持ち得なかった規範倫理学の範型となる理論を提示し、この書を基点にしてその後の政治哲学の論争が展開したという点で、20世紀の倫理学、政治哲学を代表する著作の一つということができよう。本書は3部構成である。
・第1部では、正義を論じる理由を明示したう上で、非個人的な観点から望ましく実行可能な正義の原理を探求し、最終的に彼の考える「正義の二原理」を提出する。
・第2部では、彼の正義論を現実の社会的諸制度・諸問題へ適用し、その実行可能性を明らかにしていく。
・第3部では、彼の正義観念は人間的な思考や感情と調和しており、「正しさ」と「善さ」とは矛盾するものではないことを説明することを通じて、理論的に導出された正義論が現実の人間的基盤を有している様相を明らかにしていく。ここでは第1部の彼の論述の要旨を示す。この書でロールズは、それまで倫理学を主に支配してきた功利主義に代わる理論として、民主主義を支える倫理的価値判断の源泉としての正義を中心に据えた理論を展開することを目指している。彼は正義を「相互利益を求める共同の冒険的企て」である社会の「諸制度がまずもって発揮すべき発揮すべき効能」だと定義した。そして社会活動によって生じる利益は分配される必要があるが、その際もっとも妥当で適切な分配の仕方を導く社会的取り決めが社会正義の諸原理になるとした。ここで彼は社会契約説を範にとってこの正義の原理を導出していく。まず正義の根拠を、自由かつ合理的な人々が、彼が「原初状態」と名付けた状態におかれる際に合意するであろう諸原理に求めた。この原初状態とは、集団の中の構成員が彼の言う「無知のヴェール」に覆われた-すなわち自分と他者の能力や立場に関する知識は全く持っていない-状態である。このような状態で人は、他者に対する嫉妬や優越感を持つことなく合理的に選択するであろうと推測され、また誰しも同じ判断を下すことが期待される。そして人は、最悪の状態に陥ることを最大限回避しようとするはずであり、その結果次の二つの正義に関する原理が導き出されるとした。
第一原理;各人は基本的自由に対する平等の権利をもつべきである。その基本的自由は、他の人々の同様な自由と両立しうる限りにおいて、最大限広範囲にわたる自由でなければならない。
第二原理;社会的・経済的不平等は次の二条件を満たすものでなければならない。
1. それらの不平等がもっとも不遇な立場にある人の利益を最大にすること。(*格差原理)
2. 公正な機機会均等という条件のもとで、すべての人に開かれている職務や地位に付随するものでしかないこと。(機会均等原理)
第一原理は自由に関する原理である。彼は他者の自由を侵害しない限りにおいて自由は許容されるべきだと説き、基本的自由の権利-良心の自由、信教の自由、言論の自由、集会の自由などを含む-はあらゆる人に平等に分配されねばならないとした。ただここにおける自由とは*消極的自由を指示している。第二原理の1.は、格差原理とも呼ばれるものである。彼は社会的格差の存在そのものは是認しつつも、そこに一定の制度的枠組みを設けることが必要と考えこの原理を設定した。自由以外の社会的な基本財をどのように分配するかを示すための原理である。2.は機会均等原理と呼ばれる。同じ条件下で生じた不平等は許容されるというものである。この正義の二原理は、「原初状態」や「無知のヴェール」といった概念を用いた思考実験から導出されているため現実から乖離したものになっている危険性がある。しかし、この原理が普通の人間の正義感覚と比較検討してもなお正当性を失わないことという「反照的均衡」という彼の方法論が妥当である根拠として、この正義の二原理に実際的妥当性を付与している。
原爆投下について;ロールズは、1995年雑誌Dissentに掲載した論文「Riflections on Hiroshima;50 years after Hiroshima (原爆投下はなぜ不正なのか?:ヒロシマから50年)」において、戦争における法(武力紛争法)に関する六つの原理を提示する。
1. 民主社会が当事者となる正しい戦争の目標は、諸民衆の間(とりわけ敵との間)に成立すべき正しくかつ永続的な平和である。
2. 民主社会の戦争相手国は、民主的でない国家である。このことは、民主的な民衆は相互に戦争を起こさないという事実から帰結する。
3. 戦争を遂行する上で、民主社会は三つの集団(1)相手国の指導者と要職者、(2)兵士たち(3)非戦闘員である住民、を注意深く区別しなければなrない。
4. 民主社会は、相手国の非戦闘員、兵士の人権を尊重しなければならない。二つの理由がある。1)万民法に基づいて、民間人・兵士ともに人権を有しているから。(2)戦時においても人権が効力を有するという実例を自ら率先することで敵国に人権を教えるべきだから。
5. 軍事行動と(交戦国や国際社会に対する)声明において正義を自負できる民衆は、自分たちが目標とする平和がどのようなものであるのか、自分たちが求める国際関係はどのようなものなのかについて、戦争中においてあらかじめ示すべきである。
6. 戦争目的を達成するための軍事行動や政策が適切かどうかを判定するための思考様式は、つねに上述の五原理の枠内で構成され、これらの原理によって厳格に限定される。
ロールズはこのような原理を提示したうえで、原爆投下をその不要性から、「すさまじい道徳的悪行」という。・・・一般市民までを含めていたことに対して、批判した。
またロールズは避けるべき二種類のニヒリズム的論法があるという。
1. 地獄のような戦争を一刻でも早く終わらせるためならどんな手段を選んでもよいとする論法。
2. (戦争に突入した以上)私たちは皆有罪という同等の立場にあるのだから誰も他人(他国民)を非難できないとする主張。
ロールズは「正義を重んずるまともな文明社会(その制度・法律、市民生活、背景となる文化や習俗)」はすべて、どんな状況においても道徳的・政治的に有意味な区別を行っており、その区別に絶対的に依存している、という事実」からして、このような論法が無内容であることが導かれるとした。
万民の法;ロールズは、The Law of People, Harvard UP, 1999(『万民の法』2006)において、国内法の枠を越えた普遍妥当性を有する「万民の法」について論じている。
まず民衆(peoples)を次の五つに分類する。
1. 道理をわきまえたリベラルな諸国の民衆(reasonable liberal peoples)
2. 良識ある諸国の民衆(decent peoples)
1道理をわきまえたリベラルな諸国の民衆(reasonable liberal peoples)
2良識ある諸国の民衆(decent peoples)
3無法国家(outlaw state)
4不利な条件の重荷に苦しむ社会
5仁愛的絶対主義(benevolent absolutism)の社会
このうち1と2は「秩序だった諸国の民衆」とされ,「万民法」はこの2つの国の民衆に妥当するとされる。さらに、民主主義的平和論(democratic peace)を論じるなかで「立憲君主制社会同士が互いに戦争を始めるようなことはない」とする。その理由は、「そうした社会の市民がとりわけ正義を尊重するよき人々だからというわけではなく、ただ単に、彼らにはお互いに戦争をする理由がない」からである。近代初期ヨーロッパの国民国家群における王朝間戦争とは異なり、民主的な社会は、自衛や、人権を守るために不正な社会へ介入することなどの危機的ケースを除けば、自ら進んで戦争を開始することはないとされる。またロールズは民主的社会が戦争をするとすれば、それは無法国家との戦争であるとし、「リベラルな民衆は戦争を行うが、それは、自分たちのリベラルな文化の自由と独立を守り、自分たちを従属させ、支配しようとする国家に真っ向から対抗しなければならないからである。」として、「民主的な社会による戦争」を正当化する。ほか、民主的な社会を従属させようとする。「好戦的で、危険な無法国家」への対策としては、核兵器所有およびその抑止力論を展開した。

*消極的自由
消極的自由(negative liberty)は、アイザイア・バーリンがTwo Concepts of Libertyにおいて提唱して提唱した、積極的自由(Positive Liberty)と対になる自由概念の一つ。他者の強制的干渉が不在の状態を意味する。
消極的自由と積極的自由;消極的自由は他者の権力に従わない状態、他者の強制的干渉が不在の状態を意味する。例えば信教の自由では政府が国民個人の宗教活動に干渉しないと規定(国家からの自由)するように、消極的自由は他者の干渉が物理的にない範囲を規定する。一方、積極的自由は、自己実現や「能力」(capability)によって規定される概念であり、自己の意思を実現しうること、自己の行為や生が自己の意志や決定に基づいているかどうか、自己自身を律しうる自立した状態にあるかどうかという観点から見た自由である。また、貧富の格差の存在する社会において、それを解消し、社会権(国家による自由)を実現するために、政府が富者から高額の税金を徴収し、貧者に分配することや、一般に社会的弱者に分類された人々に対し、教育や就職などでより多くの機会を与えることにより社会的な格差を解消しようとする行為(アファーマティブ・アクション)も、自己実現が困難な疎外された立場にある者の自己実現を容易にするという点で積極的自由の実現と考えられている。また両者の区別は、自由という語の解釈の違いと平行するものでもある。自由を他者に従わないことと見れば消極的自由の側面が現れ、自己自身に従うことと見れば積極的自由の側面が現れることとなる。消極的自由は「〜からの自由(liberty from)」、積極的自由は「〜への自由(liberty to)」とも呼ばれる。より一般的には、消極的自由と積極的自由の相違は社会的な、とりわけ物質的条件によって、いかなる権利の上での禁止もないのに、自己の望むことをなしえないとき、または当人が無知などから無自覚に権利の行為を放棄しているときにこの状態を自由とみなすかどうかというような想定において議論となる。この点での相違は、「結果の平等」と「機会の平等」とパラレルに語られることが多いが、少なくとも概念的には、このふたつの相違は全く同一と言うわけではない。バーリンは消極的自由と積極的自由の区別が西欧政治思想の伝統に深く根付いたものであると指摘している。消極的自由は主にホッブス、ロック、アダム・スミス、ジョン・スチュワート・ミルらイギリスの政治哲学者、積極的自由は主にルソー、ヘーゲル、マルクスらヨーロッパ大陸の哲学者に提唱されてきた。
両者の対立;積極的自由は主として消極的自由に対して、それが形式的自由を与えるものであっても、現実には大多数の個人に対しては不自由をもたらすものであり。何ら結果や、自己の意志の及ぶ範囲の実質的な保証・拡大をもたらさず、実質的には自由の名に値しないという観点、また観念的、権利上の許可、純粋な禁止の不在にすぎないならば、ただ想念のなかのみの自由ではないかという観点から対立する。消極的自由という観点からの積極的自由への批判は、積極的自由が自己の意志に従うことができることによって想定されることから、その「自己」が「我々」や「投影された自己としての理想的他者」、あるいはより一般的には「本来の自己」(経験的に現に表明されているその人の意志が、そのひとの本当の、あるいは本来の意志とみなしてよいか、という議論から想定されるものであり、この点を認めるかどうか、ということは非常に重要な論点をなす。認める立場からは、たとえば十全な判断能力には、最低限の、しかも適切な情報と心身の最低限の健康が必要であり、それらを欠いて形成された見解、主張を本人の「本来の」意志とみなすことには限界がある、といった議論が可能である。)に横ずれすれば、真に自己の意志に基づいて規制することが可能となり、パターナリズムの一種に他ならない、また、特定の立場の人々の自己実現を容易にするために、他者の自由な行動を犠牲にすることを容認する結果となる、などの理由から容易に他者による支配を肯定してしまうという議論が代表的なものである。バーリンをはじめとした消極的自由を信奉する人々は一般に積極的自由に批判的で、積極的自由は前述した理由から、むしろ自由の正反対で全体主義にも繋がりかねない危険な概念であると主張している。この批判は「リベラル」という語が政府による再分配によって実質的な自由の保障(平等の実現)を目指すなど、革新的な弱者救済思想をも意味するようになったことに対する反発にも通じるものがある。
経済思想との関係;消極的自由を信奉する古典的自由主義は、個々の利己主義がその意図せざる結果として社会公共の利益(最大多数の最大幸福)を達成すると説くアダム・スミス以来の見えざる手に信頼するものであった。それに対し、社会公共の利益を達成する手段としては、利己心(見えざる手)のみに信頼することはできないとして、積極的自由を推奨する現代のリベラリズムが登場した。この立場では、見えざる手を補完するものとして、不完全雇用を是正するためのケインズ政策などによる政府の意図的な介入が是認されることになる。一方、現代のリベラリズムが、社会主義を起源とする福祉国家的施策を容認する社会民主主義的な弱者救済思想との親和性を高めるに至ったとして、これが結局個人の消極的自由を侵害することになると批判し、古典的な自由主義の立場を再主張する思想がリバタリアニズムである。この立場では、政府の意図的な干渉は、帰結主義的には最大多数の最大幸福を達するためにはかえって有害であり、自然権的には自明の理とされる私的所有権を侵害するものとして捉えられる。現在では、消極的自由を信奉する立場を目指す用語として、古典的自由主義の系譜に属するリバタリアニズムという用語が使われるようになった。・・・Wikipediaより引用一部改変
+道徳的恣意性の議論・・・ロールズは持論を展開するために、正義に関するほかの理論を引き合いにだす。最初の比較対象は封建社会の貴族制度だ。今日では封建社会の貴族制度やカースト制度を正義だと擁護する者はいない。ロールズも、これらの制度は不公平だと言う。これらの制度は生まれをもとに所得、富、機会、力を分配するからだ。貴族に生まれた者には、農奴に生まれたものには認められない権利と力が与えられる。だが生まれは自分で選べるわけではない。したがって、このような恣意的事実が人生の見通しを左右する社会は公正ではない。市場社会には、この恣意性をある程度是正する力がある。市場社会では、市場が必要とする才能の持ち主には出世の機会が開かれるからだ。また法の下では誰もが平等だ。市民には基本的自由が平等に保証され、所得と富の分配は自由市場によって決定される。このシステム-機会の形式的平等が確保されている自由市場-は、リバタリアンの正義論と対応している。それは生まれにもとづく固定的な階級制度を否定しているという点においては、封建社会やカースト社会よりも優れている。法的には、誰もが努力し競争する権利を認められているのだ。だが、現実には機会均等にはほど遠い。協力的な家族のもとに生まれ、よい教育を受けた者は、そうでない者にくらべると明らかに有利だ。誰でも競争に参加できるのはよいことだが、そもそもスタート地点が違っているなら、その競争は公平とは言えない。だからこそロールズは、機会の形式的平等のみが保証されている自由市場に、所得と富の分配を委ねるのは公正ではないと主張しているのだ。リバタリアニズムに基づく制度の最大の問題点は、「道徳的にきわめて恣意的な要因によって、分配の比率が不適切な影響を受ける可能性がある」ところにある。こうした不公正を正す一つの方法は、社会的・経済的格差をなくすことだ。公平な実力主義は、機会の形式的平等だけでなく、教育の機会均等を実現することで、成功の障害を取り除き。貧しい家庭の子も恵まれた家庭の子供と同じ条件で競えるようになる。この考えに基づいて、アメリカは階級や家庭環境を問わず、誰もが同じ場所からスタートするための施策を次々と導入した。具体的にはヘッドスタート・プログラム「訳注;低所得者の未就学児童を対象とした就学援助制度」、子供のための栄養・保険プログラム、教育・職業訓練プログラムなどだ。実力主義の考えに従えば、自由市場は所得と富の公正な分配を実現するが、それは才能を伸ばす機会がすべての人に平等に与えられていることが前提となる。レースの勝者が報酬を得る資格があるのは、全員が同じ地点からスタートしたときだけだ。ロールズは、実力主義は道徳的恣意性による有利性をある程度は是正するが、正義とまでは呼べないと言う。全員が同じ場所からスタートしたとしても、レースに勝つ勝者はおおよそ見当がつくからだ。それは一番速い走者である。しかし、足が速いことは本人だけの手柄ではない。そこには裕福な家庭に生まれることと同じくらいの道徳的偶然性が働いている。ロールズは次のように語る。「実力主義は、社会的偶然性の影響を完全に排除することはできても、富と所得が生来の能力や才能に基づいて分配されることは看過している」。もしロールズが正しいなら、教育の機会均等が実現されている社会の自由市場でも、所得と富の公平な分配は実現しないことになる。その理由はこうだ。「分配は自然のめぐりあわせによって起きるが、その結果は道徳的観点からみると恣意的だ。所得と富の分配が、才能という生まれもった資産の分配によって決まるがままにしておくのは、それが歴史的・社会的運命によって決まるのと同じくらい筋が通らない」。ロールズは、実力主義の基づく正義の概念は、(多少ましとはいえ)リバタリアニズムに基づく正義の概念と同じ理由で不完全であると主張する。どちらも道徳的に恣意的な要因で分配の比率が決まるからだ。「分配の比率に影響を及ぼすものとして、社会的偶然性あるいは自然のめぐりあわせのどちらかに問題を感じているなら、いずれはもう一方の影響にも問題を感じるようになるだろう。道徳的観点から見れば、どちらも同じように恣意的だからだ」。リバタリアニズムに基づく正義論にも、実力主義に基づく正義論にも、道徳的恣意性という欠点があることに気づけば、平等主義の正義論以外に選択肢はないことがわかるとロールズは言う。・・・道徳的巧績を否定する;もしロールズの言うとおり、才能は道徳的に恣意的なものなら、道徳的巧績に報いることが分配の正義ではないということになる。これは驚くべき結論だ。ロールズは、この結論が一般的な正義の考え方と相容れないことを承知している。「一般には、所得と富、そして人生全般における善なるものは、道徳的功績に応じて分配されるべきだと考えられている。正義とは、美徳に応じた幸福である、と・・・しかし公正としての正義は、この考え方を否定する」。ロールズは実力主義の基本的前提に異議を唱えることで、実力主義者たちの見解を批判する。それは、成功を妨げている社会的・経済的障壁を取り除けば、人は自分の才能がもたらす報酬を受け取る資格があるというものだ。・・・社会のどこに生まれるかを自分で決められないように、生来の資質も自分では決められない。能力を開花させるために努力するという優れた性質を備えているからといって、それは自分にその価値があるからだと考えるのも問題だ。このような性質は、恵まれた家庭や幼少期の家庭環境など、自分の功績とは呼べないものによるところが大きいからである。功績の概念はここには当てはまらない。・・・もし分配の正義が道徳的功績に報いることでないなら、ルールを守って勤勉に働いている人々は、自分の努力に対してどんな報酬も要求してはならないのだろうか。いや、そうではない。ロールズは道徳的功績と彼が、「正当な期待を持つ権利」と呼ぶものを区別している。わかりにくいが、これは重要な区別だ。功績に基づく要求と異なり、権利はゲームのルールが決まった段階で発生する。最初にゲームのルールを設定する方法は教えてくれない。正義をめぐる白熱した議論の多くは、道徳的功績と権利の対立に由来している。富裕層への課税率を上げるのは、彼らが道徳的に持つ資格のあるものを奪う行為だという人もいるが、大学入試で人種・民族の多様性に配慮するのは、SAT(大学進学適性試験)でよい成績を上げた受験生から、彼らが道徳的にもつ資格のある優位性を奪う行為だという人もいる。逆にどちらもそのような優位性を持つ資格はないという人もいる。まずはゲームのルール(課税率、合格基準)を決めなければならない。誰がどんな権利を持っているかを論じるのは、その後だ。運で勝敗が決まるゲームと腕前で勝敗の決まるゲームの違いを考えてみよう。州発行のくじを買ったとする。そのくじが当たれば、私には賞金を受け取る権利がある。しかし私にはくじに当たる資格があるということはできない。くじは運頼みのゲームだからだ。私が買ったくじが当たるかどうかは、私の美徳や腕前とはいっさい関係ない。・・・分配の正義とは、美徳や道徳的正義に報いることではなく、ゲームのルールが決まった段階で発生する正当な期待に応えることだとロールズは言う。正義の原理によって社会的協同の条件が定まったら、人々はそのルールのもとで認められている利益を得る権利を手に入れる。しかしもし税制上、恵まれない人々を助けるために所得の一部を差し出すことが決まっているのなら、それは自分が道徳的に得る資格のある者を奪う行為だと文句を言うことはできない。・・・そのため公正な制度は、人々が受け取る権利のあるものは何かという問題に答えを出す。公正な制度は、社会制度が人々に与えた正当な期待を満足させる。しかし彼らが受け取る権利をもつものは、彼ら自身の価値に応じているわけでも、そうした価値に依存しているわけでもない。社会の基本構造を規定する正義の原理は・・・道徳的功績には触れておらず、それを分配の基準にもしていない。・・・ロールズは二つの理由から、道徳的功績を分配の正義の基準とすることを認めない。最初の理由は、すでに見てきたように、他者よりも競争を有利に進められる才能を持っていることは、完全には自分の手柄ではないからだ。しかし二つ目の偶然性も同じように重要だ。社会がその時に重視する資質もまた、道徳的に恣意的である。私の才能は確かに私に属するものかもしれないが、それが生み出す利益は需給という偶然性に左右される。たとえば中世のトスカーナ地方ではフレスコ画家が大事にされたが、二十一世紀のカリフォルニアではコンピュータプログラマーが大事にされる。私のスキルが生み出す利益の多寡は、社会が何を求めているかによって決まる。何が貢献的であるかは、その社会がどんな資質を重視しているかによって違う。・・・ロールズは『正義論』のなかで、われわれが忘れがちな身近な真実・・・現在の状態があるべき状態とは限らないという真実を、読む者の感情をかきたてるような筆致で次のように描いている。・・・社会制度の秩序につねに欠陥があるのは、生まれつきの才能も違えば周囲の環境も違うという事態が不公正だからであり、この不公正さが人々の境遇に必然的に引き継がれてしまうからである、という主張がある。だが、こうした主張を受け入れるべきではない。このような考え方は、折にふれて不正を見逃す口実になっている。まるで不正を黙認するのを拒むのは、死を受け入れられないのと同じことだとでもいうように。自然による分配は公正でも不公正でもない。人が特定の場所に生まれることも同じだ。どちらも自然の事実にすぎない。公正か公正でないかは、組織がこうした事実をどのように扱うかによって決まる。「おたがいの運命を分かち合い」、「それが全体の利益になるときのみ、自然の采配や社会環境のめぐり合わせを利用する」ことに同意することこそ、これらの事実の正しい扱い方だとロールズは言う。うまくいくかどうかはともかく、ロールズの正義論はアメリカの政治哲学がまだ生み出していない、より平等な社会を実現するための説得力ある主張を提示している。・・・・マイケル・サンデル著「これから正義の話をしよう」より抜粋

休診のお知らせ

4月15日(金)、4月15日(土)学会出張のため休診致します。何卒、よろしくお願い申し上げます。

医師会勉強会に参加 2月19日

2月19日;医師会勉強会
I.認知症患者の*BPSD症状に対する抑肝散の効果・まとめ
@ 認知症患者の周辺症状(*BSPD)のうちの神経症状を有意に改善した。サブスケールは幻覚、興奮、攻撃性、焦燥感/被刺激性、異常行動を有意に改善し、睡眠障害に改善が認められた。
A ADLを有意に改善した。
B 認知機能には影響しなかった。(MMSE)
C 非投与群は25例中11例に塩酸チアプリド投与が必要であり、11例中6例にめまい、体位動揺が発現した。抑肝散投与群は、塩酸チアプリド使用例は無かった。
D 抑肝散投与2例は1日7.5gで過鎮静が認められたが、1日量を5.0gにすることにより治療が継続できた。
*BPSDとは、Behavioral and Psychological Symptoms of Dementiaの略で、認知症に伴う徘徊や妄想・攻撃的行動・不潔行為・異食などの行動・心理症状のことで、「問題行動」とか「周辺症状」とも呼ばれ、記憶の障害・見当識障害・判断力の障害・実行機能の障害などの「中核症状」とは区別されます。
 特徴としては、軽症から中等症に進行するに従い頻繁に出現するようになり、急速にQOLの低下を招き、介護負担が増大します。
・低亜鉛モデルによる抑肝散の作用
抑肝散は低亜鉛モデルラットに対し、高カリウム刺激により増大する脳内グルタミン酸量を有意に抑制した。
・抑肝散はBPSDに対するグルタミン酸とセロトニン神経系への作用が示唆されています;5HT-2A受容体抑制。Glu上昇抑制。ハロペリドール(DA-D2遮断)[定型抗精神病薬]。リスペリドン(DA-D2および5HT-2A遮断)[非定型抗精神病薬]。タンドスピロン(5-HT1A刺激)。BPSDにはこの他にAch;アセチルコリン、NA;ノルアドレナリン、GABA;γ-アミノ酪酸などの関与も考えられている。
・セロトニン神経系シナプスの5HT2A作動薬(DOI;1-2,5-dimethoxy-4-indophenyl-2aminopropane)による異常行動(首振り運動)(マウス);抑肝散は5-HT2A受容体作動薬DOIによる首振り運動を有意に抑制した。
・Aβ注入モデルにおける抑肝散の作用
・薬理作用のまとめ
@ 作用機序としてグルタミン酸神経系、セロトニン神経系への作用が示唆された。
A Aβ注入モデルにおいて、運動活性を低下させることなく攻撃性を軽減した。
II. 通年性アレルギー性鼻炎に対するツムラ小青竜湯の効果
・ツムラ小青竜湯は、二重盲検比較試験においてアレルギー性鼻炎に対する臨床効果が認められました。最終全般改善度;著明改善12%+中等度改善32.6%+軽度改善39.1%=83.7%。
・くしゃみ発作、鼻汁、鼻閉を有意に改善した。
・アレグラ、アレジオンと併用するとよい。
III. 気管支炎
ツムラ小青竜湯は気管支炎に優れた有用性を示します。
・ツムラ小青竜湯は特に痰の切れ、1日の痰回数、咳嗽の強さ、1日の咳嗽の回数等に対して優れた効果を示した。
・自覚症状の改善度、全般改善度は、改善以上でみるといずれも78.8%であった。
・33例中副作用は認めなかった。
IV. ツムラ六君子湯
・食欲不振、消化不良、嘔吐などの改善に
  ・食後早期に膨満感を訴える場合
  ・食欲不振を訴える場合
・がん患者さんの食欲不振に
・うつ傾向、その他疾患で原疾患の治療に難渋し、食欲不振の見られる場合に。
・ツムラ六君子湯は食欲不振等の消化器症状を改善します。
  ・運動不全型症状類型別総合改善度
  ・著明改善50.0%, 改善9.3%, やや改善29.7
・食欲不振の発症頻度;運動不全型の上腹部愁訴40%, 進行がん60-90%, 逆流性食道炎37.6%, うつ病78%
・胃排出における3つの運動機能
  ・貯留; 食事早期に腹部膨満感が出現;ツムラ六君子湯;弛緩(受容)反応、胃のリラクゼーション
  ・攪拌混和
  ・ぜん動・収縮;障害時、食後数時間持続する腹部膨満感、治療薬・・・消化管運動促進薬・・・シサプリド、モサプリド、イトプリドなど。
・ベーチェット病;温清飲=黄連解毒湯+四物湯
・心下痞厚・・・上半身の抵抗;半夏瀉心湯
・慢性胃炎・・・六君子湯
・ストレス胃潰瘍・・・四逆散
・胃痛・・・安中散+芍薬甘草湯、立効散;胃痛に効くが持続は短い。
・発酵性下痢・・・半夏瀉心湯
・胃腸虚弱の下痢・・・啓脾湯
・嘔吐、下痢;半夏瀉心湯+生姜=生姜瀉心湯
・冷えて下痢・・・人参湯;即効性、真武湯;冷えが強いとき。
・みぞおちの痞え、胃神経症・・・半夏瀉心湯+半夏厚朴湯=併用で良いことあり。
・糖尿病の下痢・・・清暑益気湯
・胃部膨満感、食べると吐く・・・茯苓飲
・胃潰瘍・・・黄連解毒湯・・・清熱作用
・ストレス性胃潰瘍・・・四逆散、中間証・・・柴胡桂枝湯
・寝たきりの人で食欲不振・・・真武湯 or真武湯+人参湯=茯苓四逆湯
・ゲップ・・・茯苓飲、半夏瀉心湯
・咽喉頭異常感・・・半夏厚朴湯、加味逍遥散・・・不定愁訴
・歯痛、歯肉痛・・・立効散
・二日酔い・・・五苓散;食欲不振
飲む前・・・黄連解毒湯、半夏瀉心湯
肝障害のある二日酔い・・・因陳五苓散
・歯槽膿漏・・・排膿散及湯
・DMの下痢、便秘;口渇、脱水傾向・・・清暑益気湯
・足のホテリ・・・白虎加人参湯
・熱性の下痢・・・半夏瀉心湯
・寒性の下痢・・・人参湯、五苓散
・顔面神経麻痺・・・補中益気湯
・Bell’s palsy・・・柴苓湯
・皮膚科;アトピーのホテリ・・・温清飲
・大青竜湯・・・麻黄、桂枝、甘草、杏仁、生姜、大棗、石こう;
太陽の中風、脈浮緊、発熱悪寒、身疼痛、汗出ずして而して煩躁するものは大青竜湯之を主る。若し脈微弱、汗出て悪風するものは之を服す可ならず。之を服せば則ち厥逆、筋タ肉瞯 (
此れを逆と為す也.)
・慈陰降火湯・・・蒼朮、地黄、芍薬、陳皮、天門湯、当帰、麦門湯、黄柏、甘草、知母。・・・のどに潤いがなく、痰の出なくて咳き込むもの。証;体力低下した人で、皮膚の色が浅黒く、咳嗽、粘稠で切れにくい痰などのある場合に用いる。夕方あるいは夜間に咳が頻発する場合。老人や虚弱者で微熱や便秘傾向のある場合。呼吸器疾患が長引いた場合。「原典」『万病回春』巻上、虚労門;虚労のものは隠虚して相火動ずるなり。陰虚火動は治し難し。虚労、補を受けざるものは治しがたし。慈陰降火湯、陰虚火動、発熱、咳嗽し、痰を吐して喘急し、盗汗して口乾くを治す。
・抗がん剤による口内炎・・・半夏瀉心湯を直接塗るとよい。
・肺がん・・・補中益気湯、十全大補湯
・神経障害性疼痛・・・抑肝散、アミトリプチリン、リリカの併用。
・脊柱管狭窄症・・・牛車腎気丸、疏経活血湯、首から上の疼痛・・・桂枝加朮附湯・・・首から上の疼痛、三叉神経痛、帯状疱疹
・三叉神経痛・・・抑肝散
・坐骨神経痛・・・疏経活血湯+附子、牛車腎気丸+*附子末(*アコニチン、ハナトリカブト);附子末の用量1日量3〜4.5g, 体の小さい人2.4g/day. 動悸やホテリで減量。狩りに使う。
*漢方ではトリカブト属の塊根を附子と称して薬用にする。本来は塊根の子根を附子と言い、「親の部分は鳥頭(うず)、また、子根の付かない単体の塊根を天雄(てんゆう)と言って、それぞれ運用法が違う。強心作用、鎮痛作用がある。また、牛車腎気丸および桂枝加朮附湯では皮膚温上昇作用、末梢血管拡張作用により血液循環の改善に有効である。附子をそのまま生薬として用いることはほとんどなく、修治と呼ばれる処理が行われる。炮附子は苦汁につけこんだ後、加熱処理したもの。加工附子や修治附子は、オートクレープ法を使って加圧加熱処理をしたもの。修治には、オートクレープの温度、時間が大切である。温度や時間を調節することで、メサコニチンなどの残存量を調節する。この処理は、アコニチンや、メサコニチンのC-8位のアセチル基を加水分解する目的で行われる。これにより、アコニチンは、ベンゾイルアコニンに。メサコニチンは、ベンゾイルメサコニンになり、毒性は千分の一程度になる。」
・生姜・・・胃腸の調節
・乾姜・・・温める
・老人ホームのかぜ・・・香蘇散、3日間でOK
・参蘇飲・・・感冒、咳
・補中益気湯・・・風邪の予防
・大建中湯・・・イレウスのニーボが消える。すぐに軽快する。
・小青竜湯・・・通年型鼻アレルギーの85%に有効。鼻閉にはアレグラ(フェキソフェナジン塩酸塩)、アレジオン(エピナスチン塩酸塩)と併用。気管支炎にgood.
・四逆散;柴胡、芍薬、枳実、甘草;比較的体力のあるもので、大柴胡湯と小柴胡湯証の中間証を表わすものの次の諸症。胆嚢炎、胆石症、胃炎、胃酸過多、胃潰瘍、鼻カタル、気管支炎、神経質、ヒステリー。抗潰瘍作用、肝胆道障害抑制作用、作用機序;抗潰瘍作用、活性酸素消去作用、プロトンポンプ活性阻害作用。証;体力中等度もしくはそれ以上のひとで、胸脇苦満、腹直筋の攣急があり、イライラ、不眠、抑うつ感などの精神神経症状を訴える場合に用いる。腹痛、腹部膨満感、動悸などを伴う場合。*胸脇苦満・・・心窩部より季肋部にかけて苦満感を訴え、抵抗・圧痛の認められる症状を言う。「原典」『傷寒論』少陰病篇;少陰病、四逆し、其の人あるいは咳し、あるいは悸し、あるいは小便不利し、あるいは腹中痛み、あるいは泄利下重のものは四逆散之を主る。
*アコニチンはトリカブト(Aconitum)に含まれる成分。劇薬扱い。アコニットアルカロイドの一種で、TTX感受性ナトリウムイオンチャネルの活性化による脱分極を引き起こす。以前は解熱剤や鎮痛剤として使用されていた。治療可能域の狭さのため適切な用量を計算するのは困難であるが、現在も生薬の成分として限定的に使用される。クロロホルムヤベンゼンに溶けやすく、水、石油エーテルには溶けにくい。適量を使用すれば漢方薬となり、強心剤として使われる。マウスのLD50は0.166mg/kg(div)、0.328mg/kg(ip)、ラットでは5.97mg/kg(po)、経口致死量は成人の場合1.5-6mg/kgと推定されている。解毒薬や特効薬はない。テトロドトキシンなど、アコニチンとは逆にナトリウムチャネルを阻害する化合物はアコニチンの作用を抑制するが、それ自身も毒である。アコニチンはオスカー・ワイルドの1891年の小説『Lord Arthur’s Crime』に登場する。
・神経障害性疼痛に対する*抑肝散の効果・・・ペインクリニックvol31(2010.10)別冊秋号より抜粋一部改変
*抑肝散は、明時代の小児科学医学全書『保嬰撮要』に記されている。もともとは小児の夜泣き、精神不安に対して母児同服処方として用いられてきた漢方薬である。抑肝散はその名の通り肝を抑える処方とされるが、ここでいう肝とは解剖学的な肝臓をさすのではなく、現代の医学用語に置き換えると、自律神経の調節、骨格筋のトーヌス、新陳代謝、血液循環の調節、免疫機能などを示す。江戸時代には小児だけでなく高齢者まで、「怒り」を主体とする精神症状や脳卒中後の精神障害、不眠に用いられた。
要旨;抑肝散の神経障害性疼痛に対する作用機転としては、脊髄下行性抑制系の活性化、電気的短絡の形成抑制、グルタミン酸の不活性化を介したNMDA(N-メチル-D-アスパラギン酸)受容体の活性化抑制などによるものが示唆されている。臨床症例では、帯状疱疹痛・帯状疱疹後神経痛、中枢性疼痛、複合性局所疼痛症候群(CRPS)などの神経障害性疼痛に対し抑肝散が有効であり、また動物実験では抑肝散の*アロディニアに対する効果が認められている。副作用の少ない抑肝散は、神経障害性疼痛治療の選択肢に新たに加えられるべきである。・・・神経障害性疼痛は末梢神経や中枢神経の一次的損傷や機能障害が原因となり惹起される疼痛または障害とされている。その発生機序は十分には解明されておらず、確実に有効な治療法は確立されていない。・・・神経線維や受容器の損傷では、神経損傷部の異所性発火・側芽形成、機械刺激やノルアドレナリンに対するその感受性増加、神経成長因子やインターロイキンなどの分泌、交感神経や感覚神経間でのクロストーク形成などが考えられている。脊髄後根神経節では交感神経から分泌されるノルアドレナリンへの感受性増加や細胞体での自発発火が見られる。脊髄後角では、神経回路の再構築、脊髄ニューロン過敏化、可塑性変化、脊髄での脱抑制、内因性疼痛抑制系減少などが関与している。痛みの特徴として、自発痛は刺されるような痛み、電撃痛や灼熱痛、しびれ痛みや誘発通としてのアロディニア、痛覚過敏などがあり、他の特徴として交感神経依存性疼痛や感覚鈍麻、感覚異常過敏なども認められることもある。その発生機序は十分には解明されておらず、有効な治療法は確立されていない。現在、薬物治療として最も推奨されるのは、抗うつ薬(三環系およびSSRNI)、カルシウムチャネルα2δサブユニットブロッカー(GBP)、局所リドカインであり、その次はオピオイドとトラマドール、そして抗てんかん薬、抗不整脈薬、NMDA受容体拮抗薬、局所カプサイシンなどであり。・・・抑肝散の作用機序として、セロトニンの部分アゴニスト作用、グルタミン酸(求心性トランスミッター)による興奮を抑制する効果、神経鞘の保護作用などが報告されている。これらの作用点から推測すると、セロトニンの部分アゴニスト効果は神経障害性疼痛に対する脊髄下行性抑制系を介した作用、グルタミン酸(求心性トランスミッター)による興奮の抑制効果はspinal sensitizationに関与する脊髄後角の興奮抑制、NMDA受容体の活性化抑制、また神経鞘の保護作用は電気的短絡回路(ephase)の形成予防などが推測できる。・・・グルタミン酸トランスポーター拮抗薬を投与した実験結果では、抑肝散がグルタミン酸トランスポーターを活性化することによりグルタミン酸濃度を低下させることが抗アロディニア作用の一つの機序であることが明らかになった。グルタミン酸トランスポーターは、神経細胞がいったん細胞外に放出したグルタミン酸を再び細胞内に取り込む輸送体(分子)であり、細胞内に取り込まれたグルタミン酸は不活性化される。抑肝散は種々のメカニズムを介してグルタミン酸神経系興奮の抑制効果を示しており、トランスポーターの面からはトランスポーターの活性を高めるメカニズムが推測される。その結果、細胞外のグルタミン酸の取り込みを促進して、グルタミン酸によるNMDA受容体の過剰な活性を抑制すると考えられている。
*アロディニア(allodynia)・・・通常では疼痛をもたらさない微小刺激が、すべて疼痛としてとても痛く認識される感覚異常のこと。異痛症ともよばれる。末梢神経でAδ線維とC線維の疼痛閾値低下による静的アロディニアと、Aβ線維における伝導路の変異による動的アロディニアとに分けられる。神経因性疼痛などの慢性疼痛に良く見られ、帯状疱疹後疼痛、片頭痛などの痛みのメカニズムとして注目されている。また繊維筋痛症の痛みとの関連も議論されている。国際疼痛学会の分類では、痛覚過敏とは分けて定義されている。・・・Wikipediaより抜粋一部改変

・症例提示
@ 71yo male; CC右上肢痛;Dx頸部脊柱管狭窄症;痛みはほとんど消失。
A 85yo male;CC顔面痛;Dx帯状疱疹後神経痛;ほとんど軽快。
B 67yo male;CC左後頭部通;Dx帯状疱疹後神経痛;軽快
C 42yo female;CC左胸背部痛;Dx帯状疱疹後神経痛;軽快
D 77yo male;CC右顔面痛;Dx帯状疱疹後神経痛;改善
E 77yo male;CC右胸背部痛;Dx帯状疱疹後神経痛;軽快
F 57yo male;CC両側上肢の軽度脱力と両側C8領域の灼熱痛;Dx中心性脊髄損傷;改善
G 61yo female;CC右上肢・手、右下肢の痛み;Dx視床症候群;改善
H 67yo male;CC左下肢断端部痛;Dx骨肉腫;改善
I 36 yo male;CC左顔面痛;Dx AV malformation; 改善
J 53 yo female;CC右頸部から上肢にかけての痛み;Dx頸椎椎間板ヘルニア;軽快
*抑肝散・・・構成生薬;蒼朮、ぶくりゅう、川きゅう、ちょうとうこう、当帰、柴胡、甘草;効能効果・・・虚弱な体質で神経が高ぶるものの次の諸症;神経症、不眠症、小児夜泣き、小児疳症。
証;体力中等度の人で、神経過敏で興奮しやすく、怒りやすい、イライラする、眠れないなどの精神神経症状を訴える場合に用いる。
1. 落ち着きがない、ひきつけ、夜泣きなどのある小児。
2. 眼瞼痙攣や手足のふるえなどを伴う場合。
3. 腹直筋の緊張している場合。

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神戸市垂水区の佐々木内科医院では「あなたの腎臓を守りたい。地域のホームドクターへ」をモットーに腎臓専門医として地域のみな様の健康を守りたいと考えています。

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