哲学思想についての考察

ジェレミー・ベンサム(Jeremy Bentham 1948.2.15~1832.6.6)
イギリスの政治哲学者、経済学者、法学者、功利主義の創始者として有名。

人物;功利主義の立場から自然法を批判的に論じて、後世の国際法学に影響を与えた。Codify, International, Maximize, Minimizeも彼の造語である。

生涯;ロンドン生まれ、幼少の頃から父親の机に座って何巻もの英国史を読み、神童と認識された。彼は3歳よりラテン語を習い、オックスフォード大学で学び15歳で文学学士号、18歳で文学修士号を取得。21歳で弁護士資格を得た。ロンドン大学は当時初めての人種、信仰、政治的信念に関わらず入学を認めた最初の大学であり、これはベンサムの見解に調和していた。このことから、ロンドン大学の創立に関連づけられている。

功利主義;ベンサムは社会の改革をしただけでなく、改革の根底に据えるべき道徳的原理を考案して、「快楽や幸福をもたらす行為が善である」というベンサム哲学は功利主義といわれる。ベンサムは正しい行為や政策とは「最大多数の最大幸福the greatest happiness for the greatest number」をもたらすものであると論じ、「最大多数の最大幸福」とは「個人の幸福の総計が社会全体の幸福であり、社会全体の幸福を最大化すべきである」という意味である。P.J.ケリーによれば(「功利主義と配分的正義-ジェレミー・ベンサムと市民法:Utilitarianism and Distributive Justice;Jeremy Bentham and Civil Law」)、ベンサムにとって法とは「個人が幸福と考えるものを形成し追求できるような枠組みを提供する」ものなのである。私的不可侵領域は安全を提供するが、この安全は期待を形成するための前提条件である。幸福計算によれば「期待効用expectation utilities」は「自然効用」より高くなるので、ベンサムは多数者のために、少数者を犠牲にすることを支持しないのである。・・・Wikipediaより抜粋、一部改変。

イマヌエル・カント 1724.4.22〜1804.2.12
プロイセン王国出身の思想家でケーニヒスベルク大学教授。
近代において最も影響の大きな哲学者の一人である。
「純粋理性批判」「実践理性批判」「判断力批判」の三批判を発表し批判哲学を提唱した。ドイツ観念論哲学の祖ともいわれる。

生涯;イマヌエル・カントは1724年東プロイセンの首都ケーニヒスベルクで馬具職人の4男として生まれた。生涯のほとんどをその地で過ごし、そこで没した。両親はルター派の敬虔主義を奉じていたためその濃厚な影響のもとに育った。

倫理学;理性概念が理性的には認識されず、単に思惟の対象に過ぎないことを「純粋理性批判」において指摘したが、これら理性理念と理性がかかわる別の方法が「実践理性批判」において考察されている。「実践理性批判」は純粋理性が存在すること、つまり実践理性がそれだけで実践的であること、すなわち純粋理性が他のいかなる規定根拠からも独立にそれだけで充分に意志を規定することを示すことを目標としている。カントの道徳論の基礎でもあるこの書において、人間は現象界に属するだけでなく、叡智界にも属する人格としても考えられ、現象界を支配する自然の因果性だけでなく、物自体の秩序である叡智界における因果性の法則にも従うべきことが論じられる。カントは、その物自体の叡智的秩序を支配する法則を、人格としての人間が従うべき道徳法則として提出する。道徳法則は「なんじの意志の格率がつねに同時に普遍的立法の原理として妥当するように行為せよ(Handle so, daß die Maxime deines Willens jederzeit zugleich als Prinzip einer allgemeinen Gesetzgebung gelten könne.)」という定言命法*として定式化される。

カントは純粋理性によって見出されるこの法則に自ら従うこと(意志の自律)において純粋理性が実践的に客観的に実在的であることを主張し、そこから自由の理念もまた実践的に客観的実在性をもちうると論じた。道徳法則に人間が従うことができるということが叡智界にも属する存在者としての人間が自然的原因以外の別の原因を持ちうる、すなわち自由であることを示すからである。また、神・不死の理念は、有徳さに比例した幸福(すなわち最高善)の実現の条件として要請される。

*定言命法kategorischer Imperativ;定言命法とは、カント倫理学における根本的原理であり、無条件に「〜せよ」と命じる絶対的命法である。「人倫の形而上学の基礎付けGrundlegung zur Metaphysik der Sitten)」において提出され、「実践理性批判」において理論的な位置づけが若干修正された。「実践理性批判」の§7において「純粋理性の根本法則」として次のように定式化される。「あなたの意志の格率が常に同時に普遍的な立法の原理として妥当しうるように行為せよ」カントによれば、この根本法則に合致する行為が義務として我々に妥当する行為なのである。他のあらゆる倫理学の原則は「〜ならば〜せよ」という仮言命法であるのに対して、カントの定言命法は「〜ならば」という条件がない「無条件の行為」を要求する。一例として、「幸福になりたいならば嘘をつくな」という仮言命法を採用する場合の問題が挙げられる。ここでは「幸福になること」と「嘘をつかないこと」の間に必然性が有るのか無いのかが問題となる。「嘘をつかないこと」は幸福になるための都合のよい手段にすぎない。従って、もし「幸福になること」と「嘘をつかないこと」の間に必然性が見出されない(つまり道徳で幸福を得られない)場合には、「幸福になることを目的とする人」は不道徳(嘘をつくこと)を行うことになる。また、仮言命法において何が道徳的であるかの洞察は、行為(嘘をつくこと)と帰結(幸福)との間の自然必然性の洞察であり、経験論に属するものでしかない。条件節を欠くカントの定言命法は、倫理学が経験論の範囲に陥ることを防ぎ、経験論から独立した純粋に実践的な倫理学の範囲を確保するのである。

Profile

image
院長
神戸市垂水区の佐々木内科医院では「あなたの腎臓を守りたい。地域のホームドクターへ」をモットーに腎臓専門医として地域のみな様の健康を守りたいと考えています。

New Entries

Categories

Archives(227)

Link

Search

Free